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「一人知財部員」が知財管理から出願実務まで!

金剛株式会社は、オフィス・文化施設関連設備の製造販売を行う企業です。キャビネット、ロッカー、機能的でスリムなラックなどを活用した空間のトータルプランナーとして、快適なオフィス環境作りにとどまらず、地震や火災といった災害から大切な収納物を守ることのできる製品やサービスの提供をしています。
今回は、金剛株式会社 製造本部事業開発グループ 開発チーム 兼 知的財産事務局の山下 史剛(やました ふみたか)さんにインタビューしてきました!


インタビュー

1.山下さんの経歴

特許庁:山下さんが金剛に入社される前の経歴について教えていただけますか?

山下:はい、金剛に入社したのは新卒の時です。大学院まで進み修士号を取得しました。研究は生物学を専攻しており、基礎研究として生物の生命現象を解明することに取り組んでいました。具体的には、ミドリムシのような単細胞生物を研究していました。

特許庁:なるほど、学生時代の研究内容と現在の業務内容はかなり違うように感じますが。

山下:実はそれほど違っていないんです。弊社では文化財や美術品の保護に関する業務を行っており、その中で微生物やカビ、細菌の調査が重要です。私の研究テーマと親和性がある部分が多いんです。

特許庁:そういう点に興味を持って入社されたのですね?

山下:そうです。文化財や書籍の保護に力を入れている当社に魅力を感じて就職活動中に見つけました。

特許庁:なるほど、非常に興味深いですね。もともと知財にはあまり関心がなかったのですか?

山下:入社してから文化財や環境保全に関する開発をしたいと思っていましたが、入社後に論文を読んだりしているうちに、知財の重要性に気づきました。そして、知財部門での業務を提案されたのが初めて知財に触れた時です。

特許庁:知財部門での業務を提案された時は驚きましたか?

山下:はい、非常に驚きました。「知財って何?」という感じでしたね。

特許庁:金剛として知財に力を入れていくタイミングだったのでしょうか?

山下:そうですね。元々弊社は知財に力を入れていましたが、知財部門の人員が1人しかいなかったため、体制強化が必要だと考えられていました。私が入社したタイミングでその役割を担うことになりました。

特許庁:なるほど、適切な人材を探していたところに山下さんが入社されたのですね。

山下:そうです。たまたま入社した私がその役割に適していると判断され、抜擢されました。

2.この4~5年での経験や成長

特許庁:前回、「Rights」の取材でインタビューさせていただいたとき、山下さんはまだ入社して間もない頃だったと思いますが、そこから4~5年が経過しました。今の自分と当時の自分を比べて、成長を感じる点や違いはありますか?

山下:「Rights」の取材を受けた時と比べると、非常に成長を感じます。当時はまだ前任者がメインであり、私はサブとして教えてもらっている立場でした。特許・意匠・商標の出願など、右も左もわからない状態でやっていました。最初の出願は意匠権で、いきなり「やってみて」と投げられたのがスタートでした。前任者に質問しても「前のやり方を参考にして」としか言われず、特許庁や他社の資料をひたすら調べてなんとか出願しました。それが非常に印象に残っています。この経験で自信がつき、最近では、ECサイトで使うブランディング用の商標を前任者に頼らずに調べて出願し、無事に登録まで進めることができました。

特許庁:素晴らしいですね。今は1人で全てのプロセスを担当されているのですか?また、以前取材させていただいた時には前任の方がいらっしゃいましたが、今の知財体制はどうなっていますか?

山下:弊社の弁理士さんに代理をお願いすることもありますが、基本的には自分で調べて進めています。前任者は2021年まで在籍していましたが、そこから半年ほどは私1人で担当し、その後女性社員が加わり2人体制になりました。彼女も退社し、現在は再び1人体制でなんとかやっています。

3.ひとり知財部の苦労話

特許庁:そうすると、大変なことや苦労も多いのではないかと思いますが、1人体制ならではの御苦労や、中小企業の知財部だからこその悩みなどはありますか?

山下:悩みは数え切れないほどたくさんあります。弊社はメーカーで、機械設計やシステムなど幅広く手がけています。そのため、ベースとなる知識を持っていないと、どれが権利化できるのか、どこが強みなのかを判断するのが難しいです。入社してからも、知財を担当しつつ日々勉強を続けています。特許に関しても、電気やサーバーの構成など、全体的な知識を学びながら進めています。

特許庁:例えば、ある技術分野に対して1対1で知財担当者が付くこともありますが、御社の場合は全ての技術を山下さんが集約して対応されているのですね。

山下:はい。勉強している分、システムエンジニア的な業務や機械設計も任されることもあります。多種多様な業務をこなす中で、知財に割り振る時間の調整が大変です。

特許庁:そうすると、知財に加えてほかの業務も担当されているのですね。

山下:そうですね。実務も含め、最近では経営関連の業務も任されています。例えば、SDGsに関連する二酸化炭素等の排出量計算なども担当しており、会社の中では「よろず屋」と呼ばれています。

特許庁:知財は多くの部署と関わることが多いですからね。上司の方も山下さんに期待されているのではないでしょうか?

山下:特許庁が推進しているIPランドスケープや知財経営に関わることも期待されています。持っている権利を防衛的に使うだけでなく、経営にどう生かすかを考えるように言われています。そのため、いろんな業務を経験し、全社的に関わることができる人材になるように求められているのだと思います。中小企業では人手が少なく、1人当たりの業務範囲が広いという悩みがありますが、それが成長の機会でもあります。

4.業務で得た成功体験

特許庁:これまでの知財活動の中で一番印象に残っている成功体験はありますか?

山下:前任者が出願を担当していた特許がありまして、それが拒絶理由通知を受けたんです。その補正や意見書の対応を昨年行いました。その特許は、同業他社がほとんど同じ内容の特許を1日違いで出願していたんです。弊社が先願だったので自信を持っていましたが、他社も権利化を目指して頑張っていました。特に発明者も熱意を持っていた特許だったので、できるだけ幅広い権利を取得するように求められていました。補正と意見書を出して、1回で登録まで持っていけたのは、非常に達成感がありました。前任者の努力を引き継いでうまく結実させられたことが嬉しかったです。本件特許出願から権利化までは、2019年に出願して昨年2023年に登録されたので、かなり長期間かかりました。それをしっかりと引き継いでやり遂げたことが、自分自身として良かったなと思います。

特許庁:他社との関係でも達成感を感じられる内容ですね。1日違いで出された特許に対して強い権利を持てたというのは大きな意味がありますね。

5.具体的な知財業務

特許庁:知財業務が1日や1週間の中でどれくらいのウエイトを占めているのか教えていただけますか?また、他の業務にどれくらいの時間を割いているのか、1日のリアルな業務内容についても教えてください。

山下:知財業務に割ける時間はその時々で変動しますが、だいたい25%から40%を維持しています。今年の3月までの主な業務は、侵害予防調査や権利の維持管理業務でした。弊社はお客様の要望に応じたオーダーメイドの製品を多く作っているため、他社の権利を侵害しないか調査することが頻繁にあります。今年の3月以降は、出願を見据えた先行技術調査や開発途中の案件に対するアドバイスなど、権利化に向けた支援が増えています。その他の業務の割合は、設計業務が15%前後、システム関係が30%程度です。残りの時間は、グリーンハウスガスの計算などの特殊な業務に割いています。

特許庁:日や週によって業務内容は変わると思いますが、1日の流れについて教えていただけますか?

山下:毎週月曜日は定型業務を行うようにしており、知財業務が多く含まれています。朝一は同業他社の出願動向調査を行い、関心の高いものは詳細に読み取って関係部門に周知します。その後、知的財産の維持管理業務として年金費用の更新や権利の維持・放棄の打合せを行います。午後は先行技術調査や侵害予防調査に時間を割いています。弊社の定時は8時半から17時半ですが、調査が長引くことが多く、19時頃まで働くこともあります。

特許庁:棚の分野は特許が多く、カスタマイズすると他社の権利を侵害するリスクが高いと伺いましたが、調査は膨大な量になるのですか?

山下:はい、検索すると800件から1,000件を超えることもあります。そのため、社内の独自データベースを用意して、重要な情報を蓄積しています。
前任者が在籍していた時は資料を受け取ってリサーチしていましたが、前任者がいなくなってからは1人で回すのが難しくなりました。効率化と後任者への引き継ぎを考えて独自のノウハウを蓄積することにしまして、私1人で管理しています。検索で何度も引っかかるものを意識し、経営者にすぐ出せるようにデータベースを作りました。

6.読者へのメッセージ

特許庁:最後に、山下さんと同じように悩んでいる中小企業の知財担当者の方々に向けて、これまでの御経験を踏まえてメッセージやアドバイスをいただけますか?

山下:中小企業の知財担当者は1人か2人しかいないことが多いと思います。その中で知識や経験を得るのは大変です。出願件数が少ないと、いざ案件に直面したときにどうしたらいいのか分からないことが多いと思います。私の経験からアドバイスするとすれば、積極的に社外に出て経験を積み、情報収集することが非常に役立ちます。INPITや特許庁が開催する研修やグループワークに参加することで、知財専門家や他社の知財担当者と話す機会を持つことが重要です。社内だけでなく外部からも情報収集することで、自分の知識を深めたり広げたりすることができます。

特許庁:外でネットワークを作ることが非常に大事だということですね。実際に山下さんが外に出て学ばれた中で、特に役に立ったと感じたものは何ですか?

山下:ネットワークを作ることがベストですが、1回限りや2回限りのディスカッションやコミュニケーションを取る機会を作ることがスタートだと思います。
INPIT開催のケーススタディをもとにしたグループワーク研修は、私自身非常に成長につながったと感じています。弁理士やほかの知財担当者とディベートすることで、深い知見を得ることができました。

特許庁:アドバイスいただきありがとうございます。本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございました。

1日のリアルな業務内容

○8時半:出勤

○9時:デスクワーク
出勤したらまずメールチェックや知財動向の確認などを行います。

○11時:来客対応
工場見学にいらっしゃったお客様の御案内をしています。

○12時:ランチ
チキンオーバーライス弁当。近くにおいしいお弁当屋さんがあります。

○15時:作業風景
開発品の検証作業などを行うこともあります。

○16時:知財業務
知財の管理業務や先行技術調査などはこの時間に行います。

○17時半:退勤

あとがき

今回のインタビューでは、金剛株式会社製造本部事業開発グループ開発チーム兼知的財産事務局の山下さんに、御自身の経歴や知財部門での御経験、成長、苦労、成功体験、そして中小企業の知財担当者へのメッセージについてお話しいただきました。山下さんはひとり知財部員として、知財業務はもちろんのこと、多岐にわたる業務をこなしており、限られた人員の中で業務を遂行することが求められる中小企業ならではの苦労を感じています。他方、そういった環境の中でも苦労して得た成功体験を通じて知財業務においての成長も実感しており、更なる向上心をもって業務に当たられている点に強く感銘を受けました。
また、御自身の経験から、中小企業の知財担当者に向けて「外部ネットワークの構築の重要性」を語ってくださいました。山下さんの経験やメッセージは、中小企業の知財担当者にとって貴重な参考となることでしょう。今後も山下さんのような成長を遂げる知財担当者が増えることを期待しています。