定年後の新たな挑戦!宮崎の有力中小企業に知財の風を起こす
ミクロエース株式会社は、金属表面処理の分野で高い技術力を発揮する、70年以上の歴史を持つ宮崎県の企業です。その技術力は多くの顧客から信頼を得ており、柳義一社長は2024年春に旭日単光章を受賞しています。
社是「前進」のもと、近年はオープンイノベーションを通じた新たな挑戦にも取り組んでおり、今後の更なる地域経済けん引が期待されています。
今回は、大手企業を定年退職した後にミクロエース株式会社に就職し、研究開発本部の立上げや同社初の特許出願及び権利化を成し遂げるなど大きく「前進」に貢献されている、研究開発本部長の永井 達夫(ながい たつお)さんにインタビューしました!
インタビュー
1.永井さんの経歴(大手企業2社での研究開発)
特許庁:永井さんに初めてお目にかかったのは、2021年に特許庁が企画した中小企業向けの知財セミナーに御参加いただいたことがきっかけでしたね。
早速ですが、永井さんのこれまでの御経歴を教えてください。
永井:新卒で大手鉄鋼製品メーカーに入社し、20年弱研究開発業務に従事しました。その後、ライフステージや関心のある研究分野の変化もあって大手環境技術の企業に転職し、ここでも20年弱研究開発に従事して定年を迎えました。
ミクロエースには定年退職後に入社し、現在は、研究開発本部長として、弊社の基幹技術である金属表面処理の課題解決に関する新規事業立上げのための研究開発業務に従事しています。
入社して7年目となりますが、この間最大の取組は、令和元年度から3年度までの3年間で実施したサポイン事業(経済産業省戦略的基盤技術高度化支援事業、現Go-Tech事業)です。
「電解硫酸技術を活用した屋外で白化しにくいアルミ合金製品と表面処理装置の開発」というテーマを通して、弊社の一つの柱であるアルミニウム陽極酸化の耐食性を更に向上させる技術を構築することができました。
このサポイン事業では、技術の構築に加え、アドバイザーになっていただいた大手企業とのつながりを持つ機会にもなり、研究開発の幅を広げることにもなりました。
特許庁:ミクロエースは3社目の就職先なのですね。一貫して研究開発に従事されているとのことですが、それぞれ希望する業務ができたのですか?
永井:はい、それぞれの会社でしっかり研究開発させていただけました。
大学在学時から研究開発をやりたいという希望を持っており、「これがあって良かった!」と言われるような商品を出していきたいと思っていました。
実際に会社で研究開発に従事することも肌に合っていました。
1社目では、研究好きな私としては「これで給料をもらっていいのか」というぐらい打ち込める環境が整っていましたし、大変優秀な先輩社員にいろはから教えてもらい、すごく恵まれていたと思います。
2社目でも、希望していた環境技術の研究に従事することができました。前職とは技術内容も結構違ったのでキャッチアップが必要でしたが、着任まもなく米国企業との長期間のプロジェクトも任せていただきました。こちらでも良い理解者に恵まれたなと思います。
これまで触れてきた技術分野を振り返るとかなり多岐に渡りますが、「自分の専門でない」と与えられたテーマや今やるべきテーマを簡単に避けたりあきらめたりするのではなく、とにかく技術を探求していくことを信条にしていました。
2.知財業務との出会い
特許庁:研究開発を軸にキャリアを積まれて来られたのですね。1社目、2社目でも知財業務には取り組まれていたのですか?
永井:そうですね、明細書はそれぞれ100本近く書いたと思います。
最初こそ「期限までにノルマの件数を仕上げないと」というプレッシャーの下、先輩の見よう見まねで明細書を書いていくという感じでしたが、どちらの企業も知財を重要視していて知財教育も充実していましたから、早くから知財の重要性は認識できていたのではないかなと思います。
例えば、ある装置を輸出しよう、というときにアメリカで障壁となるような特許が見つかったことがあるんです。
差し迫った時期だったのでそのときは大変焦りましたが、公知文献を見つけて異議申立てを行った結果、その特許権を無効化することができ、何とか輸出にこぎつけた、というような経験もありました。
3.定年退職、人生初の中小企業での挑戦
特許庁:一貫して研究開発に軸足をおきながら、その成果の権利化ということで知財にも携わっていらっしゃったのですね。改めてミクロエースに就職されるまでの経緯を教えていただけますでしょうか。
永井:2社目で60歳の定年を迎えた際、ほとんどの同僚がシニアとして残る選択をする中、私はこれを機に新しいことに挑戦したいなと思ったんです。
転職サイトで就職先を探していた折、以前から共同開発で御一緒させていただいていた大学教授から「研究の道を捨てるのか。今後も一緒に研究できるような道を探さないか。」と言われ、同大学のOBにあたるミクロエースの柳社長を紹介していただいたのがきっかけです。
柳社長は、母校に少しでも恩返しをしたいという思いと、最新技術やその動向に関する情報を得たいという考えから、母校を頻繁に訪問されていました。
その大学教授は、私の研究分野や経歴とミクロエースの基盤技術や新技術に対する感度の高い柳社長は親和性があり、私を受け入れてくださるのではないかと見込んだようです。
着任当初は「特別研究員」という役職で、新事業立上げのための大学での研究開発を任されました。
最初は宮崎勤務でなく、大学でミクロエースに新事業として導入するための基礎研究を中心に行い、2か月に1回又は2回宮崎に訪問して進捗を報告する、というイレギュラーな勤務体制でした。
また、当初は1年ごとの契約更新でしたから、何とか成果を出さなければ、と必死でしたね。
4.創業70年で初の特許出願と研究開発本部立上げ
特許庁:大学教授が引き合わせてくださった御縁だったのですね。
永井さんがミクロエースに入社された当時、研究開発本部はなかったと伺っていますが、入社から立上げまでの経緯を教えていただけますでしょうか。
永井:着任当初から社長に猛プッシュして、新設していただくに至りました。
入社して最初の忘年会で新人紹介という挨拶の機会があったのですが、そのときにも社員全員の前で「研究開発本部を作りたいと思っています。お願いします社長!」とPRしました(笑)。
その後も、私と社長の共通の趣味が車なので、よく車に例えて説得しました。
「例えば、ほかのメーカーを超える性能の車を持っていたとしても、その後マイナーチェンジに終始していては競合に勝てなくなります。エンジン性能やハンドリング、足回りなどフルモデルチェンジをしなければいけなくなるので、そのための技術力を磨く土台として研究開発本部が必要なんです!」といった調子です。
そんな説得を続けた結果、ありがたいことに研究開発本部を設立してくれまして、私は本部長として任命されたわけです。
もちろん、自分の希望ばかり主張し続けるのではなく、信頼を得るための努力も必要です。
入社後半年くらいでしょうか、社長から「サポイン事業(現Go-Tech事業)採択を目指そう」と言われたんです。
サポイン事業はものづくり中小企業にとって花形で、宮崎県ではこれまで数件しか採択がなかったこともあり、社長の悲願でもあったんです。
大学教授にも相談し、元々研究していた電解硫酸の技術をアルミニウム陽極酸化に応用して立ち上げた新たな研究テーマが無事採択され、研究資金を獲得出来ただけでなく、それまでに取引のなかった大手企業とのコネクションもでき、社内で信用していただく一つの転換点になったように思います。
特許庁:初めての特許出願・権利化を成し遂げたことについても詳しく教えてください。
永井:社長に訴え続けてきたのが、研究開発本部の立上げと、それからもう一つが「特許の重要性」です。
ミクロエースは70年の歴史と技術力を持つ企業ですが、それまでに特許出願を行ったことがなかったんです。
私としては、今後事業を拡大するためには、大手企業と共同で弊社技術をベースとした新製品を開発することが必要であり、そのためには独自技術を特許として権利化できるレベルの発明に仕上げることが必要であると考えていました。
初めて特許権として登録されたとき、社内は「うちの会社が特許を取ったのか!」と大変盛り上がり、それ以降の知財保護の機運は大きく高まったように思います。
5.大手企業と中小企業で働いて
特許庁:一方、永井さんにとって初めての中小企業勤務ということもあり、文化の違いに戸惑うことも多かったと思います。中小企業で働くことは、大手企業で働くことと比べてどのような違いがあるとお感じになりますか?
永井:まず、社長との距離の近さがあります。
前職及び前々職の大手企業でもある程度の職位になると社長と話す機会ができましたが、毎日会うような距離感ではありませんでした。
それが今の会社ではすぐ話ができたり社長から声がかかったりという「近さ」はすごく新鮮です。
ただ、「社長が言ったことは絶対」というのは、参謀のような方を除いて、大手企業でも中小企業でも一緒なんだなと思いましたね(笑)。
柳社長は「それは違うんじゃないですか?」という率直な意見にも耳を傾けてくれる懐の深さはありますが、それでも基本的には社長方針に従ってやります。
また、これは大手企業・中小企業の違いというよりは社風かもしれませんが、考え方の違いもあります。
他社と協議するような場合、弊社にできることや保有情報をある程度の開示はしなければいけませんが、その範囲をどこまで取るかという点では経営トップと意見が一致しないこともあります。
私は積極的に開示することで技術力を正確に伝えたいという思いが強いですが、経営者にとってはそれが秘伝のノウハウであるということもありますので、ここはしっかり意見をすり合わせながら進めなければなりません。
あとは、費用面と人材面は当然大手企業のようにはいきませんので、日々色々悩み、工夫しながら前に進めています。
6.読者へのメッセージ
特許庁:最後に読者、特に中小企業の知財担当者、そして今後のキャリアに悩む方へのメッセージをそれぞれお願いします。
永井:まず、中小企業の方向けに。
出願経験が全くない中小企業にとって、「特許などの知財はうちには無縁」という意識が根強いのではないでしょうか。
実際に取引のある周囲の企業に聞いてもそのような反応です。
実際に取り組んでみた結果、確かに無縁であったということもあるかもしれませんが、それを確かめるためにもまずは一歩を踏み出していただくことをオススメしたいです。
独学だけでは難しいところもありますので、講師に質問も出来るような勉強会に出てみるのが良いかと思います。
そして、実務者であれば是非社長にもその知見を伝えてほしいです。
特許を持つことで、企業の技術が認められるようになりますので、特に大手企業と連携する際に威力を感じることができると思います。
定年後どうしようと考えている方に向けて。
定年も60歳から65歳へと向かっていますし、恐らく私が経験しているように、皆まだバリバリ働きたいと考えておられると想像します。
これまで培ってきた技術を生かし、働き続けてた会社で貢献し続けるのも一つの道と思いますが、新しい挑戦を恐れず中小企業に飛び込んでみるのも、もう一つの道と思います。
私は広島出身、社会人としては東京が長かったのですが、宮崎という地の弊社に来ました。
弊社に入るときにはそんな大それたことを考えていたわけではありませんが、勤務6年を超え振り返ると、大手企業で積んできた経験を地域企業に還元していくことは、その会社の成長・利益貢献だけでなく地域の活性化にも貢献できると思います。
さらに視点を変えますと、日本の産業を下支えしている中小企業に、大手企業で学んできた知見を生かし、地域の中小企業を育てることは非常に意義のあることです。
1週間のリアルな業務内容
○月曜日 8時
始業最初は各事務所で実施する朝礼から。
○火曜日 16時
担当弁理士と新規特許出願に関する打合せ。
○水曜日 15時
共同研究先の大学研究室メンバーと進捗共有。
○木曜日 13時
開発テーマごとに、社内関係者と打合せ。
○金曜日 19時
柳社長の旭日単光章受賞を記念した祝賀会での一幕。
○土曜日 10時
オフの日は趣味の城巡りや、2月のキャンプシーズンには広島東洋カープの選手がまじめに練習しているかチェックするために日南まで足を運ぶ。この日は会社近くの綾城を散策。
あとがき
順調なキャリア形成中の転職、定年退職後初めての宮崎・初めての中小企業就職、そして、自社初の特許出願及び研究開発本部の設立と、永井さんは常に大きな挑戦を続けて来られました。
そしてミクロエースでの挑戦が同社にもたらしたインパクトは、大変大きなものだったでしょう。
ミクロエースが創業以来長年培ってこられた技術力に、永井さんの知財や研究開発に対する考え方、さらに熱量も加わり、新たなステージへのステップアップに貢献されています。
大手企業、中小企業の垣根を越えて活動されてきた永井さんだからこその視点をシェアいただけた貴重なインタビューになりました。
この記事が中小企業、大手企業、それぞれのフィールドで新たな挑戦されようとしている方々の何らかのきっかけになれば幸いです。
<参考情報>
○独学で知財学習をされる方向けに、(独)工業所有権情報・研修館(INPIT)のオンライン学習プラットフォーム「IP ePlat」を通じて、制度面・実務面など多様なコンテンツを無料で配信しています。
(URL)https://ipeplat.inpit.go.jp/
○御要望に応じて特許庁の産業財産権専門官が直接又はオンラインにて訪問し、セミナーや施策紹介を行います。
(URL)https://www.jpo.go.jp/support/chusho/chitekizaisan/index.html